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ヨガを練習する場所・先生を持つことの意味

インドのシャラート先生のインタビューに

とても感銘を受けたので

急いで日本語訳にしてみました。

硬いところがあるけれど、まずは読んでみてください。

いつも「スピリチュアリティ」の日本語に悩みます。

精神性と訳されることが多いのですが

意味としては、「厳粛な」に近い気がします。

磨き上げて鍛錬するものという感じも受けるので

 

日本で俗に言う「スピリチュアリティ」とは

違う気がするのです。

ここは、もう少しよい訳を探したいです。

 

インタビューの元記事はこちらです。

以下わたしが訳したインタビュー記事です。

 

###############################

 

タイトル

「それぞれのシャラが提供できるエクササイズ以上のこと」

ヨガシャラに行く事は、単に練習する場所に行くということだけではない。
ひとつのところで練習することがどのように人生のよい影響を与えるのだろうか?

*****************
ローカルのヨガシャラに行くことは、とても大切。ひとつには、シャラに行くとやる気が出る。
ほかの人の練習を見て、練習をしたいと思うようになる。
家で練習していると、特に初心者は、簡単にほかの事に気を取られたり、邪魔が入ったりする。
シャラでは、先生がエネルギーに満たされた練習場所を作っている。
彼らは、生徒たちをガイドして、そこから生徒と先生の関係がスタートする。

生徒と先生の関係については、インドの古くからあるテキストに定義されている。
何かを教える時には、ウパニシャッドにあるマントラを唱える

彼が・・・

わたしたちを守りますように(先生と生徒)
わたしたちに与えてくれますように
わたしたちが良いエネルギーで学べますように
わたしたちの勉強が気づきを与え、実りあるものになりますように
わたしたちがお互いを嫌わないように

「サハナ」の意味は「一緒に」、このチャントでは、わたしたちは
先生にも生徒にも、ある一定の心の落ち着きと忍耐をお互いに求めている。
何年も献身的に練習したのちに、先生は確かな知識を持ち、
この知識を生徒が掴み取るためには、先生の関与がとても大切になる。
例えば、先生が地域で奉仕を行うときに、
彼らの生徒がそれを手助けするかのような
シンプルなこと。
この相互の理解やサポート、忍耐は、握手をするかのように交換されてそこに生まれる。

ヨガシャラで身体的なアーサナの練習をするが、それは、ジムでエクササイズをするのとは違う。
ジムでは、お金を払い、エクササイズをして、そこにつながりは生まれない。
ヨガではそうはならない。
ヨガでは生徒と先生の関係が含まれている。
シャラでは、先生はあなたの練習を見て、どのポーズで助けが必要か見ている、ほかの生徒から学ぶこともある。
ほかの生徒は、あなたよりもっと高度な練習をしていて、集中し、しっかりしているかもしれない。
それでも一緒に、あなたがシャラで練習することで先生と、みんながよいエネルギーを作り出す。

多くの点でヨガシャラは寺と似ている。つながりを求めて祈る場所、物質的なものから離れようとする。
そして自分の練習に心を注ぐ。
寺や教会では、祭司は精神性(厳粛であること)に人生をかけている。
早くに起きてお祈りをして、ある確かな状態に成長して、祈る人たちは、それをそこに入るなり感じる。
この神聖な場所は、人々に家や仕事、社会生活での問題を忘れさせる。
彼らは本来の自分になることができて、神聖なものを近くに感じる。
家でも祈る事はできるが、寺に行けばそれはもっと強くなる。ヨガも似ている。

シャラート先生が語る「ヨガの先生を持つことの重要性」

良い先生と共にいると、わたしたちは全てをささげるように学ぶことができ、
良いエネルギーが流れるのを感じる。
わたしが「ささげる」という意味は、教えられることにオープンであるという意味。
そうでないと、あなたはブロックされてしまう。

なんのテーマもなしに、先生から学ぼうとしたほうがよい。
もし、生徒が「わたしは全部知っている」と思ったり、「先生よりも知っている」と思うと、エネルギーは先生から生徒に流れない。
ヨガは道を探すことだ。あなたは、探し、常に新しいことを学ぶ。
「私は何でも知っている」と言ってまわることではない。
それどころか、「わたし」はヨガでは消し去らなければならない。
もしあなたが「わたし」にしばられていたら、あなたの精神性の成長をエゴがブロックするでしょう。

人々が「変化」を経験するもっとも早いやり方は、シンプルな規律に従うこと。

ヨガはひとつの解釈に支配されているわけではないが
本当のヨガを経験するためには、矛盾のないヨガの規律があり
ヨガは、ヴェーダのテキストに見いだされた、そして人々はそれに従ったほうがよい。

シャラには原則や規律があって、あなたが規律を守るのを容易にする。
とても基本な例は、日常的に練習にいくために、時間を作り出す。
7時に練習するなら、6時に起きてシャワーを浴びる。
前日の夜に何を食べるか考え始めるだろう。
ヨガは、カラダを曲げているだけではない。
あなたが健康的に改善されていくのは、人生がもっと規則正しくなるから。
時間を掛けてゆっくり起こるけれど、この規律はあなたをあなたの精神世界への旅路へとガイドしていく。

多くの人が規律を受け入れ、精神的に鍛錬された指導者から講義を受けるためにアシュラムにいく
彼らは、良い考えを得るためにそこへ行き、そして、良い考えが得られると、行動が改善される。
この点からも、シャラは寺に似ている。
アシュラムの先生は、人生を学びにささげている。彼らはとても早く起きて
生徒たちのために自らをささげている。
彼らは、自分の生徒たちに、彼らが経験した良いことを経験して欲しいと思っている。

あなたがヨガに適した環境を見つければ、ヨガはあなたをひきつけるだろう。
自動的に、あなたの心、体、魂が練習をしたがる。
練習する場が良い場所に成長していくかどうかは、先生による。
噂話や、下らないことを話しているとそのような傾向が明らかになり
良い変化は少ししか起こらない。
先生が厳粛な場を作り、厳粛な考えで話をして・・・すると生徒の心は様々に良い変化をしていく。
これも、家で座っていては起こらないことだ。

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